赤江瀑作品との邂逅『肉筆豆本』

演劇評論家 中村 義裕

 本には、通常の単行本、文庫本、新書など以外に、趣味や趣向を凝らした造りの「稀覯本」と呼ばれる種類の物がある。「豆本」と呼ばれる、縦が8~9センチ、横が5~6センチの小さなサイズのものもそれに相当する。無論、活字も小さく、実際に読むには適しておらず、本自体を鑑賞して楽しむような物だろう。

 赤江さんも、晩年に近くなって、この「豆本」の刊行を始めた。
 それ以前にも、「革装」、「天金本」、「秩(本を収める特別なケース)」入り」の本にサインを施した「特装本」は他の出版社から刊行されてはいたが、豆本とは違う。
「特装本」とはまた違った趣向を凝らし、一部ずつ手書きで署名や文字を書くもので、大量の部数を出版社で流通させる形式ではない。
 当時、東京にあった「未来工房」という個人の書肆が始めたものだ。

 2004年には限定200部で『花曝れ首』『卯月恋殺し』が収められた豆本が発行された。
 これは、内容は同じでも四色の装幀で、『炎帝』『黒帝』『白帝』『青帝』と別れている。
 また、同じ年には『野ざらし百鬼行』『五月の鎧』の2作を特注のガラスケースに収め、限定180部で頒布している。

花曝れ首/豆本

四月幻穹/豆本

 これらは限定豆本としては標準的な部数かもしれない。しかし、同じ2004年には詩を直筆で認めた『薔薇の白毫』、2006年には『四月幻穹』、2010年には『幻啼記』の肉筆豆本が、それぞれ限定20部ずつオークション形式で頒布された。これらの豆本にはそれぞれ「〇〇部のうち〇番」とシリアル・ナンバーが記してあり、赤江ファンには垂涎の貴重な品である。表紙の板の木材や、経本のように作られた和紙などの素材にも贅を尽くしたものだ。決して安い物ではないが、今も昔も「限定」の言葉に弱いのは人の常だ。しかも、全部が赤江さんの肉筆とあっては堪らない。20部に全部同じ詩が認めてあっても、どれも僅かながら筆勢や文字のかすれ、にじみなども違うはずだ。資金に余裕があれば、実際に読むためと鑑賞用とで2冊以上求め、それぞれの個性を比べたいものだ。しかし、そんな資金があるはずはない。

 以下は、私が所持している『幻啼記』の冒頭である。私の拙い筆では、この魅力を伝えきれないのと、市場に流通しているものではないので、少しだけお目に掛けることにしよう。別に出し惜しみをおするわけではないが、三冊全部となると、かなりのボリュームになるからだ。写真の一節だけでは、全体の内容が掴み切れないのはもっともな話だが、そこはご容赦を願うことにする。

「幻と幻 枝さしかわす」「虚と虚のそらに炎える城」

 赤江さん独特の字が絶妙なバランスで収まっており、詩ではあるが美術品のようでもある。限定20部、しかも全部直筆とあって、幸運にも落札ができたファンが手放すことはほとんどない。先に紹介した豆本は、古書のサイトなどで見掛けることはあるが、私は寡聞にしてこの肉筆豆本がインターネットなどで出回っているのを見たことがない。誰もが秘蔵しているのであろう。

 いくら能筆家の赤江さんでも、同じ詩を決して広くはないスペースに20部書くのは、楽な作業ではない。これはもう時効だから、書いてもいいだろうか。先にも述べたように、限られた小さなスペースに、勢いを保ったままの文字を書くのは容易ではない。ある夜、赤江さんとの電話の最中に、この肉筆豆本で困っている、という話になった。書肆は書肆の感覚で選り抜きの和紙を選んだのだが、赤江さんが愛用の筆では、墨が思うように乗らず、なかなか思ったような字が書けない、とのことだった。決して、書肆を責めたり愚痴をこぼしたりしているわけではない。ただ、プロの作家になる以前は、詩人としての活動もしていた赤江さんには、詩を書くことは格別の意味を持っていたはずだ。それは、殊に墨で書く場合、その文字を含めた全体が詩作としての成果であり、それが思うように進まないことに困惑していたようだった。
 しかし、オークションでようやく手に入れた肉筆豆本は、どこでそんなに悩んだのだろうか、と思うほど赤江さんらしい文字が美しい連なりを見せていた。
 本の装丁家、美術評論家でもあった青山二郎(1901~1979)は、良い美術品に対しては「蛙になれ!」と言った。他の人にその本当の価値を見破られないためだ。赤江さんの肉筆豆本を手にすると、その気持ちがいくばくかわかるような気がする。私も、誰にも見せずにこっそりと本棚の奥にしまい、時折、夜中に一人で眺めては悦に入っている。